1.あなたが医学部を志望した本当の動機について教えてください。 |
【F・T】 |
人のためになりたい。やりがいのある仕事をしたい。
そんな風に考えて医学部を志望しました。
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【Y・M】 |
小学校を卒業するまでに祖父・祖母・伯父と身近で大切な存在を相次いで病気で亡くし、幼心にも病気に対する憎しみと医療への関心が芽生え、高校入学の時点で医師を目指すことへの決心が固まっていた。
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【H・H】 |
小さい頃から漠然と「博士になりたい」と思っており、遺伝子の研究に興味をもっていました。大学の進路を決める際、理学部なども考えましたが、遺伝子研究の最先端は医学部かと考え医学部を志望しました。研究においては大阪大学・東北大学がリードしていると聞いていたので、東北大学の医学部を志望しました。(結局、医学部に入学し研究に携わると基礎研究にあまり興味がわかず人と接する仕事がしたいと思い、臨床医へと進むことにしました。)
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【T・M】 |
興味があったため。人のためにもなるから。
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2.当院で臨床研修を受けようと思った一番のきっかけ、動機は何だったのでしょうか? |
【F・T】 |
たくさん経験できる病院で研修しようと考えていました。都会の病院では、見ているだけのようなことも気仙沼市立病院では経験できると思ったので決めました。
研修は外科を中心に研修したいと考えていましたが、外科では消化器、血管、乳腺、
甲状腺など幅広く手術をしている病院だったことも魅力でした。
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【Y・M】 |
医学部5年生の後半から、東北各地の病院を数か所見学して回った。
そんな中、たまたま最後に見学にきたこの病院で忙しさに追われながらも生き生きと
働いている先輩医師たちの姿が眩しかった。
医療圏10万人、450床の地域中核病院ながら医師40数名という明らかに過酷な
状況。そんな中で、どうして彼らはこんなにもはつらつとしているのだろうか
という疑問から始まった。その理由は、自分が実際にその一員となってから
少しずつわかりだした。研修医1年目から救急外来の全科当直も、病棟のファースト
コールも担当する。それでいて、限られたプライベートの時間を有効に使い、
実に充実した日々を送っている先輩医師たち。
そんな姿にある種の憧れを抱き研修病院に選んだ。
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【H・H】 |
沢山の病院見学(10か所程度)に行き、外科の実習病院として最後に当院に来ました。初期研修はプライマリケア医となるのを目的にしている、と考えましたので、
ある程度症例数を経験できる、また、実際に手を動かせる地方中核病院がよいと
考えていました。一方で、研修カリキュラムはどの病院も似たり寄ったりでしたので、
研修病院を決めるにあたり決め手に欠いている状態でした。
2年〜3年間、嫌でも働かなければいけないのだから、働きやすい雰囲気の病院にしよう
と思っていました。つまり、「経験値」「雰囲気」が決め手かなと思っていました。
「経験値」:当院での学生実習はたいへん刺激的でした。採血・点滴・超音波検査は
ほぼ毎日やらせていただきましたし、急患対応・手術・診察・回診なども積極的に
参加することができ、いろいろ経験することができました。1か月の実習の最後には、
外科の一員(戦力)として扱っていただけました(笑)。
研修医になったら症例や手技の経験はたくさん出来るだろうと思いました。
「雰囲気」:実習中、直属の上司は当時研修医2年目の先生(F・T先生)でした。
先生は、激務のなか効率的に仕事をこなし、なんといっても生き生きと仕事をして
おられました。ぼくにとってはこんなに生き生きとしている研修医がいる、
というのは新鮮でした。また、実習中、外科があまり忙しくないときに他科の見学も
して来い、と積極的に他科へ紹介していただき、消化器内科や脳外科も見学することができました。各科の垣根が低いと感じられました。そして、なんといっても、夜の医局が一番でした。科や年に関係なく、さまざまな医師が自然に集まり、みんなでくだらない冗談やまじめな話をしていました。
本当に仲が良いと感じるとともに耳学問的な知識も得られ大変に有意義な時間でした。以上、「経験値」「雰囲気」の2点で気仙沼市立病院を志望しました。
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【T・M】 |
地方中核病院であり、幅広く勉強ができると考えられたため。先輩がいたこともあり。
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3.他の病院を複数見学したと思いますが、当院との比較においてどのような印象でしたか? |
【F・T】 |
科と科の垣根の低い病院だと思いました。他の科へのconsultは、緊張するものですが、気仙沼市立病院では院長先生を中心にとても医局の雰囲気が良く、気軽に相談したり、指導してもらったりできる病院だと思いました。
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【Y・M】 |
数ある研修病院の中で、臨床研修医の多い病院は避けたいというのが私なりの
選択基準の一つであった。臨床研修は学生の延長ではない。グループで仲良く
先輩医師の背後をついて回る“見学”だけで2年間を過ごすことは避けたかった。
また、都市部における救急車のたらい回しという現状がマスコミ紙上を賑わせたことが
あったが、この病院にはそんな言葉が存在しない。たらい回す先がない。
研修する者にとっては願ってもない環境であると思った。
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【H・H】 |
「カリキュラム」:当時はどこも似たり寄ったりで、書類を眺めるだけではどれが優れた
カリキュラムか、という判別は難しかったです。研修してみてわかりましたが、
カリキュラムがしっかりしているのは、逆にいえば融通が利かないことを示しています。
規模が大きな病院では診療科が細分化されている傾向にあり、カリキュラムは綿密に
組まれていましたが短期間で細切れに研修するのはあまり意味がないと感じました。
綿密なカリキュラムは学生の臨床実習の延長、という印象で、「いろいろ見学できる」が
「何も身に付かない」のではないかと感じました。当院のカリキュラムは単純明快。
「内科・外科・その他必須科・自由選択」
「雑用」:規模が大きな病院や新しいシステムを導入している病院は、純粋な医療
以外
の仕事「雑用」が多く感じられました。当院は古くて中規模ですが医療以外の
仕事のストレスは他院と比べて少ないと感じました。純粋に「医療に打ち込める」
という環境が整っているともいえます。
「医療圏」:気仙沼という土地は、「陸の孤島」と称されるほど交通の便が悪く
最寄りの高速道路(一関・石巻)まで1時間、最寄りの大都市(盛岡・仙台)まで
2時間強かかります。高速沿いにある他院と比べると、当院ではよほど重症でないと
他院へ搬送することが出来ない状況です。だから医療をこの土地で完結させる
必要があるのです。大都市から離れまた設備が限られているなかで、
初歩的な疾患から高度な医療まで、この病院ではしている、いや、しなければならない
という性格を持っていると思います。
「古い医療」:「行っている医療が古い」という意見もありますが、初期研修医で
何も最先端の医療を研修する必要はないと思います。学ぶだけなら最近便利な
インターネットなどを利用するのも手ですし、そもそも初期研修が終わってから
そういった最先端の知識を得れば良いかなという考えもあります。
雑用に追われ医療の本質を見失っている研修医や、他科の先生の顔も知らずに、
患者を紹介する研修医・・・これに引き換え、研修医が生き生きしていることと、
医局、各科の雰囲気がよかったというのが一番の違いです。
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【T・M】 |
他の病院と比較すると研修医は少ないが手術等、経験する機会が多く魅力的である。
他科の先生と話しやすい環境にあり、非常に勉強になる。
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4.2年間はどのようなスケジュールで研修しましたか? |
【F・T】 |
1年目 外科6カ月 内科6カ月
2年目 精神科1カ月 産婦人科1カ月 小児科1カ月 地域医療1カ月 外科8カ月
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【Y・M】 |
1〜6か月目;内科(一般内科3ヶ月+循環器内科3ヶ月)
7〜19か月目;外科(麻酔・救急を含む)、20〜21か月目;産婦人科
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【H・H】 |
4月 一般内科
5月・6月 循環器内科
7月 呼吸器内科
8月・9月 一般内科
10月〜6月(9か月)外科(麻酔科・救急も含む)
7月〜12月(6ヶ月)産婦人科
1月小児科
2月精神科
3月地域医療
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【T・M】 |
1年目は前半外科で後半は内科。
2年目は小児科1か月、呼吸器科1か月、産婦人科1か月、地域医療1か月、
精神科(三峰病院)1カ月、内科4カ月、脳外科3カ月。
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5.2年間のローテートで、印象に残った科(ためになった科)と、その研修内容はどのようなもの
でしたか?指導医の指導方法等への評価を含めてできるだけ具体的にお答えください。
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【F・T】 |
外科以外ってことですよね。
内科;初めての胃カメラを研修医どうしで、被験者になって入れあったのは印象に
残ってます。「本当に胃カメラって苦しいんだなぁ」と身をもって体験できました
(お互い初めてだったのでなおさら)
内科は4カ月でしたが、40〜50例くらいは胃カメラをやりました。
もちろん1人ではできるわけもなく、指導医の先生に後ろについてもらいながら、
実際に自分で手を動かしてやっていくという指導はモチベーションも上がるし
本当に勉強になりました。
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【Y・M】 |
循環器内科での3か月・産婦人科での2か月研修が特に勉強になった。
心残りは、脳外科を選択できなかったこと。
現在外科に進んでいるが、周術期はもちろん日頃の外来診療においても心疾患は
最もありふれた疾患で、なおかつ死に直結することもあり、臨床経験や知識がないと
話にならない。もちろんわずか3か月だけの研修で専門知識すべてを身につけること
など到底不可能ではあるが、例えば術後のたこつぼ型心筋症、心筋梗塞、心不全など
に直面した際にその緊急性と対応方法、あるいは重症度、専門医へのコンサルトの
必要性などの判断ができるようでなければならないと思う。
また、当時当院の産婦人科は一人医長体制であったがその先生の右腕とは
いかないまでも、せめて指一本分くらいの働きができるようにと、熱意をもって研修に
臨んだ。産婦人科研修中に執刀させていただいた子宮全摘症例が、術後病理診断にて
悪性と診断されたため、結果的には私が初めて術者として経験する悪性腫瘍手術
ということにもなった(外科で胃癌や大腸癌の手術をさせていただく前に…)。
また、自然分娩も帝王切開も数十件経験させていただき、この手で実際に新生児を
とりあげたし周産期の管理、妊婦さんのケアも含めて濃密に勉強させていただいた。
余談になるが、実際我が子を授かった時もこの経験を活かし、自分の妻の“ケア”が
よくできたと勝手に思っている(笑)。
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【H・H】 |
[4月 一般内科]
病院のシステムや、処方・点滴・採血・問診など、医師として基本的なことについて
学べる「オリエンテーション」の期間となりました。
[5月・6月 循環器内科]
胸部X線や心電図の読影など、どの科にいても必要な基本的な知識について熱心に
指導をしていただきました。病棟のX線や心電図の所見を全てカルテに記載し鍛えま
した。また心カテ検査も積極的に参加させていただき、動脈にカテーテルを留置する
訓練が出来ました。
[7月 呼吸器科]
当時、医師一人で診療にあたっていたため、病棟のことはすべて研修医の僕に
任されました。特に、慢性肺疾患の急性増悪した患者さんの人工呼吸器管理について
はとても勉強になりました。人工呼吸器が装着されていた患者さんが数人いましたが、
このうちの最低一人は自分の考えで人工呼吸器の設定を変更し離脱させることを
1か月の研修の課題とされました。実際に、一人、無事に呼吸器を離脱できました。
人工呼吸器の設定だけでなく全身管理についても実践的に学ぶことができ、
また一人で考える力が付き、短いながらも濃厚で大変有意義な研修でした。
[8月・9月一般内科・消化器内科]
上部消化管検査・腹部超音波検査をほぼ毎日、5件程度行えました。
また、主治医制で自分が主治医となり肺炎や脳梗塞など一般的な症例も経験すること
ができました。
[外科(9ヶ月間)]
午前は外来で、相当数の超音波検査をし超音波の技術を磨くことができました。
膵腫瘍を1件、リンパ節再発を1件、発見できたことは今でも鮮明に覚えています。
疾患の評価や全身状態の評価、麻酔管理、術中管理、術後の全身管理にいたるまで、
手術に関することはなんでも学べました。当院では麻酔科の医師がおらず、
外科の先生が全科の麻酔を受け持っています。ですから、外科に在籍している間は
ほぼ毎日、全身麻酔をかけ気管内挿管を経験できましたし、ほぼ毎日手術に入り、
基本的な外科的手技から解剖、術式などを学ぶことができました。
当院の外科の特徴でもありますが、他科で受け入れが困難の患者さんは外科で診る
という、ある意味なんでも科でした。外科疾患だけでなくあらゆる疾患を経験することが
でき、患者さんを全身で総合的に診ることの大切さを学びました。
ちなみに、執刀させていただいた症例はヘルニア 19件、虫垂炎 6件、
気切 2件、胆石 2件、胃瘻 1件、ストマ 1件、他 2件、合計 33件です。
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【T・M】 |
呼吸器科では胸腔穿刺、ブロンコなどの手技を中心に指導していただき大変ために
なった。内科では上下部消化管内視鏡検査を中心に学会発表も含め指導していただき
勉強になった。
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6.救急研修についてお聞きします。 |
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【F・T】 |
1,2年目 4回/月、
3〜5年目 3回/月
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【Y・M】 |
1年目の7か月目からオーベンと二人体制で月4回の当直
2年目は一人体制で月1回の日直+月3回の日直
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【H・H】 |
月に3〜4回
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【T・M】 |
月に3回
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2)次の日は休めましたか? |
【F・T】 |
次の日休みではありませんでしたが、病棟の当番は外れるように配慮されていたので
翌日は眠れました。
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【Y・M】 |
翌日は基本的に通常通りの診療なので休むことはできない。
これは、当院に限らず現在も多くの病院で同じような状況であると思われる。
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【H・H】 |
通常業務ですが、夜間の当番は外していただいていました。
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【T・M】 |
次の日は休んだことはなし。
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3)地域中核病院として全科当直で頑張ってもらいましたが、
当院の当直体制はあなたにとってどうでしたか? |
【F・T】 |
当直は良かったと思います。全科当直は正直つらいですが、様々な科の急性期を
見られることは本当に勉強になったと思います。バックに各科のon callの先生がいて、
分からないことは相談できる体制にあるので、自分が診察した上で指導医の先生から
指導を受けられます。自分の専門外のことは不安もあると思いますが、積極的に自分が
前にでて経験したり、悩んだりしたことは自分の力になったと思います。
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【Y・M】 |
一次から三次救急までありとあらゆる患者さん、救急車を受け入れるため肉体的にも
精神的にも非常にハードな当直であり、研修当初はなんてキツいんだろう、
眠れないし翌日も手術なのに…と思うことが何度かあったが、今となってはすべてが
自分の肥やしとなっていることに気づいた。現在も、所属する医局の関連病院へ
当直バイトに出かけるが、当院で経験した全科当直のおかげで、度胸がついた。
重傷か軽傷か、緊急性を要する状態か否か、そういう目での見極めができる嗅覚が
身についたと思う。
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【H・H】 |
あまり、つらくなかったです。むしろ楽しかったです。救急の看護師さんたちはとても
優秀で美人。患者さんへの言葉づかいから、医療技術、医療的な勘まで、
教えていただいていました。on callの先生方も夜間にもかかわらず快く診察に応じて
いただいたり、診断に迷った際にも快く対応していただきました。わからないことは
丁寧に教えていただけましたし、大変に働きやすい環境でした。
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【T・M】 |
全科当直はためになった。開業医との連携がいまひとつかと思われる。
施設からの紹介では紹介状がないことがある。救急車が同時に来ても断れないことも
あった。何回断っても最終的に診ることになる。なんでもかんでも市立病院という風潮に
ある。救急研修だけでは指導医から教わる機会が少なく、さらにどの科へ入院させれば
よいか難しい患者もいるため、月一回程度の会議が必要かと思われる。
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4)今後あなたはプライケア医としての役割を果たすことが求められますが、
当院の救急研修はあなたの期待に応えられるものでしたか? |
【F・T】 |
期待にこたえられたと思います。
気仙沼はその立地条件から、「陸の孤島」とも言われておりますが、他に大きな病院が
ないので患者さんがまんべんなく集まります。都会の病院では「専門外」ということで、
断ったりすることもありますが、気仙沼ではあり得ません。
そういう状況で、研修するのがプライマリーケアーの能力を磨くには一番だと思います。
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【Y・M】 |
救急の現場は文字どおり“戦場”であり、まさに一刻を争う重症例から、まるで緊急性の
ないコンビニ受診例まで多岐にわたる。そんな現場でそれを見極める目と嗅覚と腕を
磨く、有意義な救急研修ができたと思っている。各科医師のオンコール体制の充実と
真摯な対応、救急スタッフの優秀な皆さんに何度助けていただいたことか(患者さんも、
私自身も)。この場をかりて深謝したい。
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【H・H】 |
大変ためになりました。基本的なスキルが身に着きました。救急外来での問診や診察、
必要な検査、その評価、そして軽症なのか入院が必要なのかというトリアージの感覚を
養う良い機会でした。研修医はなかなか外来を任される機会が少なかったので初めは、
患者さんになんと声をかけて、どんな問診をすればよいかもわからなかったのですが、
救急外来を経験することで、問診の仕方も、徐々に会得できました。
まさに医療の始まりの部分「プライマリケア」、医師として必要な基本的な診察のノウハ
ウが身に着いたと感じています。おかげで、後期研修で外来に出た時もスムーズに
外来をこなすことができました。働く前は救急車なんておっかないと思っておりましたが、
必ず慣れてきます。結局、研修3年目の一年間で受けた救急車の台数は、
120台(月に10台、1回当直あたり平均2〜3台)と、病院内でトップでした(笑)
救急外来は、初期対応、医療的な感を鍛える、最高の場でした。
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7.現在所属する科に決めたのはいつ頃でしたか?
また、その決め手は何でしたか?(何科と比較して迷いましたか?)
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【F・T】 |
2年目
外科
外傷に興味があったので、整形外科と迷いましたが、外科手術の命のかかる手術の
緊張感に憧れました。外科の手術は決して簡単ではなく奥が深く、思った通りに
行かないことも多いのですが、そんな困難が多いからこそやりがいがあると思って
決めました。
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【Y・M】 |
外科に進もうと最終的に決心したのは、実際に外科研修を始めてから。
大学卒業の段階では、頭頚部外科に興味があり耳鼻科の道も選択肢にはあった。
外科研修を始めてから、腕の立つ優れた先輩外科医の技や知識、経験を
目の当たりにし、まずは憧れを抱いた。その人たちにべったりくっついて盗む、真似る、
これが外科の職人の世界なんだなと感じた。
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【H・H】 |
昔から手を動かすことが好きで、また、性格的にすぐに答えを求めたがる、
いわゆる「外科系な人間」であったので外科系に興味がありました。
最終的には大学卒業時には、一般外科と産婦人科に絞りました。
手術という侵襲を与えながらも劇的に病を治す一般外科は大変に魅力的でしたが、
産婦人科は超音波検査にしろ手術にしろ悪いものを見つける・取り除くだけでなく、
生命の誕生の手助けをするというハッピーな一面を持ち合わせており、
また、母体・胎児の二つの命を同時に管理するのは究極の医療であると感じ、
さらには産婦人科が減っているということに対してへそ曲がり根性が騒ぎ、
産婦人科医を目指すこととしました。また、そこには多くの「出会い」がありました。
研修を始める前の年に当院の産婦人科存続の危機があったようでしたが、
当時の科長先生(今井先生)が、一人でもやっていくと決断し産婦人科が存続しました。
しかし、肉体的にも精神的にも辛かったようで、一年で「もう、辞めるかもしれない」と
こぼしたこともありました。産婦人科も選択肢に入っていた僕にとっては辞められては
困るので「僕が6ヶ月間、産婦人科で働きますので、辞めないでください」と申し出、
そのおかげかどうかわかりませんが、またもや産婦人科消滅の危機を免れました。
その先生は「お前は外科と迷っているようだが、産婦人科の研修の間は
一人の産婦人科医として扱うぞ」と言っていただけたのが大変嬉しかったのを覚えて
います。おかげで、手術も多く執刀させていだたき、また分娩もほぼ一人で立ち会って
いました。出会いはとても大事なんだなと感じました。
さまざまな先生方に出会えてとても幸せでした。
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【T・M】 |
2009年1月に脳外科へ決めたのは興味があったのと指導医が優れていたことから。
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8.3年目以降の研修についてお聞きします。(後期研修について)
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1)当院での後期研修期間は何年でしたか? |
【F・T】 |
3年
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【Y・M】 |
2年間です。
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【H・H】 |
1年1か月
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【T・M】 |
1年間
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2)所属は何科でしたか? |
【F・T】 |
外科
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【Y・M】 |
外科です。
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【H・H】 |
産婦人科
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【T・M】 |
脳外科
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3)その期間に行った臨床実績はどのようなものでしたか? |
【F・T】 |
全身麻酔 約300件、
術者として、ヘルニア 24件、 気管切開 9件、 人工肛門造設 3件、
虫垂炎 12件、下肢静脈瘤 4件、胆摘 41件、大腸癌14件(横行結腸切除1件、
S状結腸切除5件、右結腸切除2件、回盲部切除6件、結腸亜全摘1件)
直腸癌9件(高位前方切除5件、低位前方切除1件、直腸切断術2件)、
幽門側胃切除 10件、胃全摘 2件、腸閉塞手術 8件、総胆管結石 9件、
乳房全摘 3件、結腸穿孔 2件、 血栓摘除 1件、自然気胸 1件、
甲状腺(亜全摘1件、半切除1件)、膵頭十二指腸切除 1件、
肝部分切除(転移性肝癌) 1件、肺葉切除(転移性肺腫瘍) 1件、その他 22件、
計182件
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【Y・M】 |
術者として277件の手術、全麻371件(他科麻酔を含む)
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【H・H】 |
初期研修6ヶ月では、午前は妊婦健診と病棟業務。午後は手術。
帝王切開 14件、子宮全摘 9件、付属器切除 10件、筋腫喀出 2件、バルトリン 2件、卵巣腫瘍核出 1件、その他 1件、合計30件。
後期研修1年では午前は外来業務(妊婦健診を中心に、一般婦人科外来も)。
午後は手術 悪性腫瘍手術以外は、ほぼ全例、執刀させていただきました。
帝王切開 57件、子宮全摘 23件、腹腔鏡 7件、付属器切除 6件、バルトリン 4件、
子宮脱 6件、円錐切除 6件、筋腫核出 2件、その他 1件、合計112件。
また、全身麻酔・気管内挿管も、外科先生立ち会いのもと、ほぼ全例でやらせていただきました。脊椎麻酔・硬膜外麻酔もほぼ全例で施行。夜間・休日の当番は、8割方僕が引き受けました。分娩 200件程度。
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【T・M】 |
穿頭血腫洗浄術(慢性硬膜下血腫) 約23件、 開頭術 約10件、脳内血腫除去(内視鏡的除去術含む) 約8件、脳室腹腔短絡術 約8件、皮下腫瘍摘出術 1件、
気管切開術 3件
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4)初期研修、後期研修を通して研修はあなにとって、どの程度の価値を持つものですか? |
【F・T】 |
初期研修、後期研修を合わせても3年〜5年、これからの30年あるいは40年続く
医者としての人生から見れば短い期間かもしれませんが、たくさんのことを吸収できる
とても大切な時期だと思います。病気に関する考え方やアプローチなど、
臨床のコアになる部分に関しては多いに勉強させてもらったと思っています。
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【Y・M】 |
診断から治療までの物事の考え方から、ひとつひとつの基本手技、患者さんや
その家族・医療スタッフへの接し方など、見るもの聞くものすべてを吸収したいという
強いモチベーションをもって最も頑張れる期間。体力的にもある程度無理・無茶が
できる期間であり、医者としての礎を築くための大事な時期(三つ子の魂百まで!)
だと思う。
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【H・H】 |
初期研修2年+後期研修の1年。研修医時代は医師としての土台を形成する大事な
時期だと思います。その後は専門科へすすむにつれて、学んだり、吸収したりすることが
狭まってきます。さまざまな経験を積み上げ、最終的にはひとつのスペシャリティをもち、
自分なりの信念をもち、医療が成熟し、その頂点に立ったときに世界を見渡せる広い
視野を手に入れられるかは、やはり土台が大きくしっかりしていることが大事だと思い
ます。研修ですべてが決まってしまうわけではありませんが、医師としての基本を学ぶ
大事な時期だと思います。実際、現在、気仙沼で学んだ、気仙沼で身に付けた技術や
経験がさまざまな場面で役に立っています。
問診の仕方、診断能力、ここぞの決断力・・。手術の手技、お産の取り方・・。
患者さん、家族、スタッフへの接し方・・・。気仙沼で研修をして全く後悔はありません。
むしろ、「どこの研修よりも、質の高い・濃密な研修を送った」と自信を持って言えます。
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【T・M】 |
価値に関しては比較できないので有益であったことは確かである。
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9.研修全般について、後輩へのエールを含めて自由に考えを述べてください。
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【F・T】 |
気仙沼はその立地条件から、「陸の孤島」とも言われています。新幹線も高速道路も
なくて仙台からも2時間かかります。だからこそ、いい研修ができるのだと思います。
都会では「たらいまわし」といった問題もありますが、気仙沼ではありえません、
気仙沼市立病院以外の中核病院がないからです。
だからこそ様々な症例をまんべんなく経験できると思います。
これは厚生労働省のいうところの「プライマリーケアー」ということだと思いますが、
日常的にプライマリーケアーの能力を磨くことができると思います。
また、気仙沼市立病院では臨床研修医は医師として労働力として多いに期待されて
います。第一線で、自ら様々な症例を経験しながら勉強できます。
「自分がこの地域の医療を支えている」と言ったら、大げさかもしれませんが、そういう
気持ちを抱かせてくれます。それがまた研修のモチベーションになると思います。
最近、自分の志望科を決めないままに研修する風潮がありますが、
僕は早めに決めて研修した方がいいと思います。
たとえば、外科に進もうと考えれば、内科をローテートするときに、
「外科で手術する患者さんはどのように内科で検査されるのか?」とか、
逆に目的意識をもって研修できるのでよいと思います。
研修も大切ですが、時には自分の好きなことをしてリフレッシュすることも大事だと
思います。僕は釣りが前から好きだったので、休みの日にはよく釣りしてました。
近くの川でのんびりハゼを釣って天ぷらにして食べたり、ヤマメや鮎も釣って、
官舎の庭で炭火をたいて塩焼きにしたり、もちろん船でのカレイやヒラメ釣りもよく
行きました。釣りたての魚って本当に美味しいんですよね。研修?のおかげでカレイが
5枚におろせるようになりました。
疲れた心を自然が癒してくれるのも気仙沼研修の魅力だと思います!!
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【Y・M】 |
当時の自分を振り返ってみても、研修病院の決定・研修科の選択というのは非常に
難しい、よくわからない、何を基準に選べばよいのだろうかと頭を悩ませる学生さんが
多いと思う。各病院の資料やホームページ、先輩・同級生からの噂・評判など様々な
情報をもとに見学先をピックアップする。もちろんいくつの病院を見学するかは個人の
自由だし、時間の許す限り見学・実習に足を運べばいいと思う。
自分は研修先を決めるに当たり4ヶ所の病院を見学させてもらったが、
信頼できるのはやはり実際にその病院に勤務している先輩医師たちの姿を見て、
ナマの声を聞くことだと思う。おすすめとしては、その日一日だけで終わる
“社会科見学”よりは、数日間の“泊り込みツアー”がなお良いと思う。
日中は院内で“建前”を拝聴し、時間外は先輩医師たちと食事や酒を酌み交わしながら
“本音”を聞き出せたなら目標達成といったところか。
どこの病院で研修をしたら自分が立派なお医者さんになれるのかというのではなく、
どういう姿勢で研修をしたらこういう医師になれる(なってしまう?)んだろうか、という
観点で各病院をまわってみてはいかがだろうか。
研修中に自分を成長させてくれるのは、病院の看板ではなく臨床の現場そのものだと
思うから。
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【H・H】 |
マッチング制度となった現在、星の数ほどある病院から一つを決めるのは容易なこと
ではありません。どの病院にもそれぞれの良さがあるし、逆に欠点もあります。
完璧な研修システムや病院などありません。では、自分に合う病院とは何か・・・。
それは、自分を見つめなおすことにもつながります。
自分は、どういう医師になりたいのか、何がしたいのか。
そのためには、どういう環境に自分を置けばよいのか。
例えば僕は、目の前に一人の患者が苦しんでいるとき、知識はあるが手は出せない・・
という医師にはなりたくありませんでした。なんだか分からないけど、反射神経的に
手が動いて患者を助けようとしていた。これが僕の研修医の理想だったので、
たくさん勉強できる病院ではなく、たくさん経験できる病院を選びました。
また、僕は放っておくと怠けてしまう性格なので、敢えて研修の2〜3年間は忙しい環境
において自分を鍛えて、嫌でも医療が身につくくらい忙しい病院が良いと考えました。
出会いも大事な要素でした。目標となる研修医の先輩、尊敬できる科長先生、
おおらかに包み込んでくれた院長先生・・。
(余談ですが、僕は愛する妻とも出会えました笑)
そして、この気仙沼市立病院を選び研修を終えました。研修が終わって、自分の
研修病院を、自分の研修生活を、自分を、誇りに思えるような病院を選んでください。
気仙沼市立病院は純粋に医療に打ち込めたくさんの経験ができる研修に持ってこいの
病院です。「陸の孤島」ですが休日の過ごし方は田舎だからこそいろいろ開拓できます。
行きつけの店、家庭菜園、海釣り、川釣り、サイクリング、ジョギング、キャンプ、
スキー・・・。どれもぼくが気仙沼で覚えた趣味です。
休日、どこも遠くて出かけられない分、逆にみんなで集まってイベントを開催したもの
です。「住めば都」です。僕は、自信を持って気仙沼市立病院をお勧めします。
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【T・M】 |
今後は研修制度も変わり、早い段階で科を決定しなくてはいけなくなるため、病院見学の際は幅広い科を見て回る必要があると思う。
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10.今後どのような医師になりたいですか?
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【F・T】 |
専門性も大事ですが、
そういったことにこだわらず幅広く診療できる医師になりたいです。
将来は地方の中核病院で働きたいと思います。
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【Y・M】 |
外科医としての技術を磨き、経験を積み重ねながらその専門性を高めつつ、
自らの専門分野の疾患にとらわれず、広い視野・視点で一人一人の患者さんを
診られる医師になりたい。木を見て森を見ずではなく、森を見て木を見られる医師に
なりたいと思う。
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【H・H】 |
産婦人科医として経験を積み、まずは、産婦人科専門医を取得し、大学院に入り、
自分の興味のある分野で研究をしてスペシャリティを持ちたいと思います。
ただ、いつまでもそこにこだわるのではなく、それを自分の一つの長所・武器として
地方の中核病院で産婦人科医療に携わり(出来れば科長として)、その長所を生かし
少しでもその地域の産婦人科医療に貢献できるような医師になりたいです。
自分の姿を見て、産婦人科になりたい、と思ってくれる研修医・医学生が一人でも
いてくれれば最高だなと思います。
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【T・M】 |
臨床だけではなく、研究にも目を向けてがんばっていきたい。
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